今日も1日店 

くもり空。

今週は通常市会がないので、店で在庫品の整理に当たる。先週など「来週がないから」とちょっと筆が滑りがちだった(^^;。静かに仕事を続ける。

先日来、合間合間に「見仏記」を読んでいる。いとうせいこうさんとみうらじゅんさんが二人で仏像を見て回るという企画。仏像を見るのだけど、信仰心はヌキ、がこのお二人の流儀。彫刻作品、美術品、もしくは、”来日スター”として逢いに行く、と云ったらいいか・・・(^^;。このお二人の行動。お寺巡りという形を取るので、一見オーソドックスだが、彼らが見ているのは仏像の向こう側に広がる仏教世界ではなく、もっと即物的な事柄だ。(仏像が)美人か美人じゃないか。グラマーかどうか。かっこいいかどうか。そういうこと。
拝観する時の心構えに信仰心が含まれないので、お堂に他誰もいなければ、みうらさんはごろんと横になって下から仏像を眺めたりする。胴体と頭部の寸法のバランスがいいとか悪いとか、そんな話も出る。とにかく独特の間合い。もちろん、仏像には手を合わせない。
仏像拝観の際にお坊さんの説教がもれなくついてくる、というお寺では、顔をしかめて露骨に嫌がっている(^^;。
見方によっては不謹慎と言う人もいるだろう。が、それが仏像鑑賞に対する別の視点を与えていると思えばそれもまた良いのでは。まあ、あまり感心できないけどね・・・。

ただ、この本を読むと、仏像は日本にもともとあったものではなく、舶来の思想であったことに改めて気づかされる。聖徳太子が仏教を輸入してお寺を建て、憲法を草し、古代国家の形の基礎を作ったとされているところからみると、日本の神道は「国」とかそういう新しい概念を打ち立てるには向かなかったのかもしれない。精神はあっても目に見える”形”がなかったからかもなぁ。
仏像の魅力や曼陀羅世界は、キリスト像と教会ステンドグラスのようにキラキラと人の心をとらえるのに絶大な効果があったのだろうね。
もうすぐ2巻まで読み終わるので、さっき3巻と4巻をまとめてポチっとした。

荷造り作業を鋭意。いつもお買い上げありがとうございます。
533歩 0.31km 5分 22.6kcal 0.0g
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